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2013'08.17 (Sat)

やっぱり・・・潜友だ!!

1990.7.27 この日は第二の誕生日。

そうダイビングのライセンス、PADIのオープンウォーターの
認定を受けた日。

あれから23年。。。




この13日に昔からの潜水仲間との「同窓会」がありました。

高校野球を終わって生意気に大学なんて入って、
本当に目の前に熱中する物が無く、悶々と時間を潰していた日々。

そんな自分にまた熱中できる情熱を注げるものがダイビングでした。

集まった仲間はあるショップで出会ったダイバー。

前にここでも紹介した体調を崩されまだ療養を余儀なくされている
先輩を中心に集い、時間を共有していった仲間です。

ほとんどの人が俺より年が上。

それでも目線を同じにしてくれ、また面倒なことにも
気を使って、時にはしっかりと叱咤してくれる。。。

ダイビングは水中に入れば同じルールで人種や性別、
国籍無く同じ時間、同じFIELDを共有できるスポーツ。
もちろん点数の取り合いなんか無い、勝ち負けのないスポーツ。

それを肌身で教えてくれたのがみんなでした。

ダイバーとしていっちょ前させくれたのは坂田。
そのダイバーとして心前はみんなに教わりました

「楽しむ」というスキルを叩き込んでくれたのです。

坂田で約10数年ガイドスタッフをやらせてもらったけど、
基礎はみんなに教えられたこと。おこがましく、おしつけがましいけど、
俺が知り得た思いを海で出会った人たちに少しでも分けてあげたい。。。
という気持ちももって携わったつもりなんです。

社会人になる時、下宿先にいたい!!と強く思って
就職活動したのは、もちろんやりたいこともあってのことだけど、
みんなのそばにいたい!!という気持ちは本当に強くありました。

千葉に戻り家業を継ぐときも送別会でなくただの飲み会になっていたし、
戻ったその週末も「おい真鶴いくぞー」っていつものとおりに
連絡をくれたのを覚えています。

何十年会っていない人も何日かぶりで声を交わせる間…

俺は幸せだなと思いました。

高校の仲間もそうなんだけど、大学時代に知り合えた
この「バディ達」は自分のかけがえの無い財産となっています。

坂田の成田さんに潜水の友と書いて「潜友」という話を聞いたことが
あります。「戦友」との掛け合いの言葉だったのだけど、
まさにみんな俺の潜友です。

何名かはダイビングからは遠ざかってしまっている人もいます。

だからいつ戻ってきても良い様に自分はダイビングは辞めません。

続けることがみんなとの絆でもあるように思うし、
恩返し的な部分もあると思うのです。

ほんの数時間だったけど20年前にタイムスリップした
心地いい時間でした。

              Tomo








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